【エッセイ】抵抗としての読書
新年あけましておめでとうございます(2度目)。年末年始もずっと原稿を描いていて、一昨日あたりからやっと生活が戻ってきました。お酒をおちょこ一杯飲んだら二日酔いになりました。中年の体、はめをはずせない。
さて、また選挙だってね。任期がたっぷり残っている衆議院の。いろんな情報がいろんな語り口で飛び込んできて、とてもざわざわさせられる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
そんな日々におすすめしたいのが、読書です。なぜかというと、読書をしている間はリアルタイムの情報を追えないからです。
こういうざわついた時って、情報を追わなきゃいけないような気がしますよね。追ってないと、つまり無関心になると、よくないんじゃないか?その間に状況が悪くなってしまうんじゃないか?そんな気持ちになることが私にはあります。
でもそれと同時に、情報を選択的・一時的に追わないことと、無関心であることは別物であることも知っています。また、情報を追うこと(それも不確定な状況で非効率的)に時間を取られると、当然他のことをする時間が減り、また疲弊することも経験的に知っています。
なので最近は、ごったごたしている時こそ「読書」と決めているのです。
情報を追うことから離れられる以上に、読書にはたくさんのよいことがあります。
楽しむ、考える、疑う、没頭する、学習する、発見する…あらゆる知的な運動を、手元の本一冊を手にするだけで実行可能。
充実感がある。
何ページ、何冊と、費やした時間が可視化される。
読む前と後で世界を見る目が変わる。
というわけで、今月と来月は読書に精を出すのはいかがでしょう。おすすめの読書スタイルは併読です。私は本を開いたまま伏せて置いて、ベッドのあたりに重ねて積んで、5冊くらいの読みかけの中から今日はこれ、と気ままに選んでいます。私は本を売ることはないので綺麗な状態を保つ必要がなく、また日本の書籍は丈夫なので、よっぽど古い本じゃなければちょっとやそっとの扱いで綴じが割れたりすることはありません。この方法にしてから、飽きっぽい上に遅読の自分でも相当量の本を読めるようになりました。今は社会学と漫画論とフェミニズムと英語と映画の本を併読中です。
こういう写真をアップすると必ず「本をこう置く人は信頼できない」と言われる。それでいい。私のことなど信頼してはいけない。
権力は民が賢くなることを嫌います。その意味でも、読書は抵抗です。ごたごたに翻弄されそうな時でも、本は碇として、杖として、盾として、そしてセーフスペースとして機能します。
そうして小さく楽しく抵抗しながら、毎日新しくなって、やっていきましょう。
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